フンコロ式でいこう!

まあ取り合えずコロコロ転がしてけば大丈夫、かな。

至福のシリアル

[Amazonブランド] SOLIMO カルビー フルグラ 1000g × 6袋

シリアルが好きだ。あの牛乳かけて食べる面白みのない朝食メニューだ。現役の頃、海外出張に行くたびに、現地の様々な美味しいものを食べたが、実は朝食のシリアルが一番楽しみであった。日本でも食べればいいじゃない、と思われるだろうが、家族でシリアル好きは僕一人。勝手が許されないのが家庭平和の鉄則である。そこいくと出張中は、堂々とシリアルを食べられる、いま考えれば天国であった。

 

海外のホテルの朝食は日本と違っていたって簡素。パン、ベーグル、スクランブルエッグ、ウインナ、ベーコン、フルーツ、ハム、牛乳、オレンジジュースなどが並ぶだけ。しかし、そのテーブルの奥にシリアルが鎮座している。しかも種類が豊富だったりする。それだけで僕の胸はときめくのである。さまざまなドライフルーツやナッツが選べて、ルンルン状態に。ああ、至福のとき

 

そもそも欧米はドライフルーツやナッツ自体が美味しい。特にベリーに関しては、日本ではお見かけしないものも数多く並ぶ。シリアル自体も種類が豊富だ。やはり穀物は日本より味も歯ごたえもパワフルな気がする。米が日本なら、麦は欧米なのかな。同行するスタッフは、「え、シリアルでいいんすか?」と不可解な顔。いいんだよ、好きなんだから。君は隣で熱々のブリトーでも食べていたまえ、と。

 

ここにきて日本でもグラノーラが人気となっている。これまでのシリアルよりドライフルーツが色々入っているので、僕好みだ。ココナッツの香りも心地よい。ステイホームで独りランチするときは、こっそり写真のフルグラをいただいている。なるほど美味しい。日本で一時は消えかけたシリアルだが、グラノーラで市場回復とのこと。シリアル民を見捨てなかったカルビーさんに心より感謝!

 

ハーブ深呼吸


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ベランダで植物を育てているが、今年のメインは「食べられる野菜」であった。オクラにはじまり、モロヘイヤ、コリアンダー、バジル、最近ではホウレン草を植えてみたりしている。それはそれで楽しいのだが、小さな鉢で、ハーブも2種類育てている。ローズマリーとペパーミントである。ローズマリーは樹木、ペパーミントは多年草だが、どちらも丈夫で暑さ寒さにも強いのがいい。

 

僕はこの2つの香りが大好きだ。ローズマリーはつんと鼻に抜けて、ちょいとスパイシーなところがたまらない。ペパーミントは清潔で清涼感あふれる香りで、こころ洗われる。この2つがベランダにあれば、ローズマリーは肉料理に、ペパーミントは紅茶やヨーグルトなどのデザートにちょちょいと使えるところも素晴らしい。我が家にとっては、ハーブの中でもマル必の常備品なのである。

 

ただ、僕の楽しみは違う使い方だ。朝、ベランダの植物たちに水を撒き終わったときに、まずローズマリーの葉を両手のひらで包み込み撫でまわす。そしてその両手で口を覆い、深呼吸する。すると何と言うことでしょう。頭が覚醒し、一発で目が覚めるのだ。さらに隣のペパーミントの葉をひとつまみ。両手でパンっと葉を挟み打つ。そしてまたも口を覆って深呼吸。爽やかすぎる香りで幸福感に満たされる。

 

嗅覚の情報は視聴覚の情報とは異なり、大脳新皮質を経由せず、本能的な行動や感情、直感に関わる大脳辺縁系に直接届くのが特徴らしい。つまり、香りを嗅ぐと、何の香りかを考える前に感情が動くのだ。あっという間に気分が良くなるのはそのせいである。普段、スマホやPCとばかり接していて、「感じる」ことを忘れてしまう生活になってはいないだろうか。たった一枚のハーブの葉で改善できるのだ、おすすめ。

院の学びがこんなところに

観察力の鍛え方 一流のクリエイターは世界をどう見ているのか (SB新書)

やっとこさ大学院の論文を完成できた。自分の好きなテーマを掘り下げる作業だったので、実のところ当初考えていたほど辛くはなかった。むしろ、参考になりそうな文献を手探りしているうちに、思わぬつながりを発見できて、ある意味推理小説的な面白さを見いだせて貴重な体験となった。とても学会に発表できるような論文ではないが、自身の成長には間違いなく寄与したと断言できる。

 

論文書きの合間に上記の本を読んだ。話題の本でもあったので読まれた方も多いかと思う。次々とヒット作を世に送り出すスター編集者、佐渡島庸平氏の快著だ。観察力という言葉にひかれて手を伸ばした。紐解かれる「問い→仮説→観察」という思考形式は、大学院での研究形式そのものであり、論文を書いている最中に読んだので、うなずくことばかりでグイグイ読み進めた。

 

また自身の偏見や思い込みを疑って考える、言わばメタ認知についても、昔からずっと関心のあるテーマであった。なかなか悟りは開けないが(笑)。観察という点で、ディスクリプションについても書かれていて驚いた。大学院で、この春から西洋美術史を受講しているのだが、そこで毎回行っているのがディスクリプションなのだ。様々なアート作品を鑑賞し、それを詳細に言語化していく作業のこと。

 

と口で言うのは簡単だが、やってみるといかに自分が事物をしっかり見ていないかが分かる。絵画であれば、キャンバスに描かれたすべての要素を見逃さず、その意味や背景を「冷静」に「科学的」に推測せねばならない。冷静でなく思い込みで、科学的でなく偏見で、とらえがちなのだ。。。佐渡島氏はビジネスの場で、そんな自分勝手な色眼鏡をどこまでも疑い、熟考する。院で学んだ大事なこと、この本に詰まっておった。

 

 

ケムール退治

ウルトラマン ウルトラ怪獣シリーズ 09 ケムール人

毎朝お気に入りの公園までウォーキングしているのだが、いやはや色んな人がいるものである。基本的に公園に来る人、特に朝方来る人に悪い人はほぼいない。冴えわたる空、澄み切った空気、鳥のさえずり、木々の彩り。そんな極楽浄土に悪い人など来るわけがない、と信じたいのだが、、、。夏くらいから一人の初老の男性とある定点でよく遭遇している。彼を僕はケムール人と名付けている。

 

ケムール人をご存じの方は同世代かもしれない。円谷プロが制作した名作怪奇ドラマ「ウルトラQ」に登場する宇宙人である。公園の男性は70歳くらいでロン毛。末期の岸部四郎に似てなくもない。身長は175はあるだろうか。姿勢は悪く、目はうつろだ。見た目がケムール人なら、逆に愛せそうなのだが、この御仁、公園に煙草を吸いにきているのだからたまらない。煙る人、という意味で命名した。

 

東京都では公共の公園内では指定された喫煙所以外は禁煙である。しかも朝である。訪れる人は公園の美しいフィトンチッドと酸素を吸いに、ある人は走り、ある人は歩き、ある人は犬と遊んでいるのである。いつも公園に着くと周回コースを歩くのだが、その第一コーナーにある小公園にケムール人はいる。注意したいが、関わるのも嫌なので、毎日思い切り凝視している。するとケムールは喫煙しつつ目をそらす。

 

が、先週から事態は意外な進展を迎える。例によって凝視しようと公園をのぞくと、ケムールの立ち位置脇のベンチに女性ランナーが座ってストレッチしている。さすがのケムールも5mほど離れ缶コーヒーを飲んでいた。ははは、吸えんのだな女性の前では。今朝も女性ランナーはベンチに。ケムールはさらに10m離れて缶コーヒー。意図してるのか分からんが、あっぱれ女性ランナー。ウルトラ警備隊と名付けよう。

 

10m愛

シンプルな自転車 シルバー 26インチ サントラスト スソ

毎日ほぼ定刻にウォーキングをしていると、いつも顔を合わせる人が何人か出てくる。僕のウォーキングのベース基地である公園では、ベンチに座るとだいたいレギュラーメンバーがいて、勝手にあだ名をつけたりしている。一番良く会うのはミスターレッドだ。なぜレッドかと言うと、ある時は赤いスニーカー、ある時は赤いザック、と必ずどこかに赤いものを身に着けているからである。

 

まあレッドのことはほっておこう。この公園からの帰り道に、障がい者のための福祉作業所がある。障がいのある人たちが軽作業をするところだ。朝、ここのそばを通って帰るのだが、ちょうど作業所の出勤時間らしく、出勤中の障がい者の人たちとよくすれ違う。みんな遅刻せず、定刻前に来ているから感心だ。そのなかで一人30歳くらいの女性とよくすれ違う。で、ある時変なことに気が付いた。

 

彼女の後ろ10mほどに、自転車でゆっくり彼女を尾行する初老の男性がいるのだ。最初は気にならなかった。が、毎回いるので気になりだした。まさかストーカーか? いつも10mくらい離れていて、彼女に声をかけるわけでもなく、追い抜くこともない。で、ある日気が付いた。おそらく男性は彼女の父親だ。障がいを抱える彼女を直接助けることはせず、しかし10m離れて作業所までついていっているのだ。

 

それを知った途端、胸が熱くなった。僕にも娘がいる。幸せなことに健康に恵まれたが、過剰に心配してしまうことが多い。帰りが遅い、誰と一緒か?、どこに行くのか? つい口に出してしまう。それに比べ、あの父親は強い。本当なら一緒に歩いていく方が安全だろう。しかし、それはせず、彼女が気づかない距離にいる。自立を促し、もしものために見守っているのだ。10mの愛には、学ぶことが多すぎる。

一年半歩いてみた

歩いても 歩いても

昨年春から学生になったのだが、春先はちょうどコロナ禍と重なり、心身ともにまいってしまった。しかもこれまで何十年も通勤生活を送ってきたのに、いきなりステイホームとなり不健康極まりない状態になった。これは相当ヤバイぞ、と気づき、歩き始めたのである、ほぼ毎朝。近所にある世田谷公園を歩き倒し、使い倒し、健康になってやろうと決意したのが昨年の夏前あたり。

 

歩き始めると、体調は良くなるは、気分は良くなるは、頭は冴えるは、と良いことづくめで驚いた。実際、健康診断の数値でどんな変化が起きたか少し公開しよう。毎年9月か10月に健康診断を受けている。その2019年と2021年の変化だ。まずは体重から。2019年=67.6kg 2021年=61.6kg 何とちょうど6㎏減である。したがってBMIも、2019年=24.1 2021年=22.0となった。ズボンがゆるゆるである。

 

体脂肪率は 2019年=22.5 2021年=18.0 いやはや、あらゆる数値が驚くほど改善されてしまった。これ、ただ歩いただけの結果なのだ。朝、娘をバス停まで送り、そのまま公園へ行き、外周1.1kmを一周してベンチに着席。公園で撮った写真3枚をフェイスブックにアップ。軽くストレッチをして帰路へ、という流れ。歩数としては7千歩くらい。春夏秋冬、ほぼ欠かさず歩いたが、幸い飽きることはない。

 

あらためて気づいたのは、会社に通っていた時は、歩くのは通勤のときだけで、ほとんどちゃんと歩いていなかったということ。会社員はデスク作業が多く、恐ろしいほど運動不足だったのだ。たまたま始めたウォーキングだが、おそらく足が動く限り、生涯続けることになるだろう。さて、次のテーマは筋肉だ。ウォーキングでは筋肉は増えない。筋トレも始めてみた。一年後、また良いレポートができるといいのだがね。

 

 

 

 

話し切ったねえ

どこからお話ししましょうか 柳家小三治自伝

小三治が亡くなった。入院していたわけでもなく、自宅でポックリ逝っちまったらしい。さすが江戸っ子であるなあ。最近では国宝になってしまったので、生で見ることは少なかったが、以前は何度か聞きに行った。誰もが知るように、枕が長くて面白い噺家だ。もちろん落語は上手いのだけれど、何というか自分の話をしてるときが活き活きしていて、楽しかった。落語家というより噺家という方がぴったりな人だった。

 

ある時、「歌」をテーマにした独演会があり聞きに行ったのだが、ほんとに落語は無しで「歌」だけの会だったので驚いたことがあった。歌への思いが強いだけでなく、歌自体上手いのだ。特に学校で歌った唱歌がいい。「夏の思い出」なぞ、のびのびと歌い上げて、こちらまで歌いたくなる。もっとも感動したのは「山のけむり」という歌だ。それまでは知らない歌だったが、素敵な歌ですぐに好きになってしまった。

 

亡くなったと聞いて読もうと思っていた近著を読んだ。インタビューを書き起こした本なので、まるで目の前で小三治がしゃべっているように思える。彼は自分の若き想い出を語る枕が多かったが、この本でも誕生から近況までみっちり語っている。まるで死を予期していたかのように、人生総まとめで語っている。いやしゃべっている、だ。落語のこともしゃべるけれど、基本は人の思いについて。とことんしゃべる。

 

落語の「青菜」の話は熱い思いを感じた。上手くやっちゃいけない。下手じゃダメだが、上手いというより、人の思いを理解して演じきることだと。青菜で言えば、植木屋の思いだ。庭と屋敷を眺める。出された刺身や氷、酒を味わう。それらに植木屋が心底感じた強い感動を何としても伝えたい。それなんだよ、と。さらに本の最後に一行、「読んでくださすって、ありがとうございました」と。泣けちゃいましたねえ。