今はタクシーにはほとんど乗らなくなった。深夜残業もしなくなったし、交通費も減ったからだ。バブルの頃はほんとによく乗った。同じ運転手の車に二回乗って、家分かるから寝てていいですよ、なんてこと言われたこともあった。乗るとおしぼりと栄養ドリンクを渡されたりもした。
ある晩乗った運転手は、見るからにベテランのひとだった。もう初めから話好きな雰囲気で、勝手にいろいろと話し始めた。邪険にもできず、聞き流す気分で話を聞き出したら、途中から聞くのを止められなくなった。その運転手さん、とんでもない大金持ちなひとだったのだ。
バブルの頃、都内ではそこかしこで地上げがおこなわれていた。運転手の自宅は新宿方面の小さな戸建てだったらしい。大規模な区画整理がはじまり、周囲の家の買い上げが始まると、あれよあれよという間に自宅に数億の値段がついた。最高のタイミングで迷わず売却。その金で伊豆半島に家を買い、夫婦でカレー屋兼ペンションを始めたそうだ。
もう働かなくてもいいのだが、今度は暇つぶしで始めたカレー屋が大当たり。いまでは店は人に任せて悠々自適なんだという。ところが伊豆にこもっていると東京が恋しくて仕方なくなる。そこで、昔務めていたタクシー会社に頼みこみ、年に三か月だけ運転手をしているのだそうだ。その三か月は会社の独身寮に住んでいると。それが楽しいのだと。信じるか信じないかはあなた次第。いまから20年以上昔のお話しです。