イタリアでのワインのことを書いていたら、いろいろ思い出してきたので書いておこう。2000年前後のイタリアでの撮影ロケはトスカーナでの仕事だった。内陸なのでロケバスでの移動となる。現地人のドライバーが雇われ、僕らを日々運んでくれた。
身長190cm、体重100kgくらいの運転手は、イメージで言うと映画「グリーンブック」の運転手トニーそのもの。名前を失念したのでトニーとしておこう。トニーはとにかくやさしく、控えめ。ロケバスを降りるのも最後。食事も最後。こちらから挨拶やお礼を言うと必ず「プレーゴ」と静かに答える。
「どういたしまして」や「どうぞ」、つまりプリーズの意味らしい。ある時、トニーに話しかけた。お勧めのワインって何かあるかい?と。少し間をあけて、トニーが答えた。「日本人はワインに詳しいね。僕が好きなワインは、僕の住む街のレストランで出されるワインという名のワインさ。種類は赤か白の2種類」と。
はっとした。トニーはブランドなど気にしていない。生まれ育った町の、皆で訪れるいつものリストランテで「赤ワインを」と頼むと出てくるワインが好きなのだ。美味しいんだろうな。そして多くのイタリア人が、自分の街の「ワイン」という名のワインを持っているのだろう。トニーのオススメは、簡単には買うことのできない大切なものだったのだ。