フンコロ式でいこう!

まあ取り合えずコロコロ転がしてけば大丈夫、かな。

夏のディテール

海苔と卵と朝めし: 食いしん坊エッセイ傑作選

今年の盆は久しぶりに東京で過ごしている。娘が来春の高校受験のため、夏期講習で東京を離れられないためだ。例年であれば妻の郷里に帰り、墓参り、鰻の蒲焼、大掃除等々、と過ごすのだが、静かな盆は何だか不思議な感覚だ。と言ってももちろんそれは自分だけで、東京は特にいつもと変わりなく猛暑がつづくだけ。さて、何をしようかと思い、あまりに普通だが読書を選ぶことにした。

 

選んだ本は二冊。積ん読しておいた向田邦子の「海苔と卵と朝めし」と、図書館で借りたアンソニーホロヴィッツの「その裁きは死」だ。これを同時に読んでいる。向田の本はエッセイ集であるので、一編ごとに切り替えやすい。ミステリも章ごとに場面が変わるので同様だ。片や食の本、片やミステリ、この並行読書?が、やってみるとなかなか楽しい。二つには共通点があるからだ。

 

それはディテールの描写力。向田邦子の記憶力とその表現力には感心してしまうのだが、読んでいると彼女の思い出の食の断片がありありと浮かんできて、口の中が「味」でみたされる。一編ごとに、「さあ次は何を味わえるかな」とわくわくしてしまう。ホロヴィッツの描写の用意周到さ、目の配り方にも舌を巻く。あらゆる断片に「意味」を発見できる。どちらもディテールが濃密なのだ。

 

それらは「彫刻」に似た作業のように思える。文字で描きたい、と思う対象を、自分の頭の中にある像に丹念に近づけていく。そのために一彫りを、とても慎重に、とても丹念に進めていることが感じ取れる。我々読者は、彼らの身を削るような緻密な作業の結晶をいただくことになるわけだ。幸せだなあ、などと呑気に思う。「食」と「殺人」、夏の醍醐味をもう数日味わうことにしよう。